2020年11月14日土曜日

Hydrothermal Features @ YSNP

2010年9月書いた記事の焼き直しです.

もう30年ちかくも前のことでしょうか? 

学校の図書館でふと手に取ったNational Geographicsの写真に衝撃を受けたのは今でも良く覚えています.説明の文章はほとんど記憶にありませんが,その写真はなんて美しい場所なんだろうと感動しました.そこには,段々になったテラスの上から流れ落ちてくる温水と,テラスの鮮やかな色.究極の造形美が世に現れたMammoth Hot Springs Terraceが写し出されていました(記憶は多少美化されているかもしれませんが).残念ながら,完全に同じ風景は今はもう見ることはできません.


固まった石灰に埋もれた木の枝


この数十年の間に泉は枯れて来て,巨大なテラスは白い廃墟のようになっています.自然の作り出した見事な彫刻は魂を抜かれた巨大な白い石灰の固まりになってしまいました.なぜなら,水が涸れただけではなく,鮮やかな色を作り出していた特殊な細菌,温泉菌(正確には好熱菌:thermophilesというらしいですが) も一緒に死滅してしまったからです.(ここでの温泉菌は肺炎で騒がれていたレジオネラではないですよ.)


それでも当時を偲ぶような生きた泉も一部が残っています.今回はイェローストーンのHydrothermal Featuresについてお話をしてみましょう...(また超オタク話ですので,お忙しい方はご遠慮ください)





みなさんはいかがでしょう?
とど2号は年をとるにしたがって,だんだんと昔のことが身近に感じるようになってきました.子供の頃は10年前は大昔だったし,数十年前のことになると実感の分からないぐらい遠くの世界の出来事と思ってました.ところが年をとるに連れて,10年前なんてちょっと前のことになり,50年前ですらそんなに昔のこととは思えなくなりました.歴史的な大事件も別の宇宙の出来事のような遠い存在ではなくて,少し前の事実として感じることができるようになってきたのです.

白い廃墟となったマンモステラス


好きな映画の一つにBack to the Futureがあります(ちょっと古いですかね).話の構成も小気味良いテンポも飽きさせず,何度も見てしまいました.特に3作目の西部劇時代も好きですね.その3作目でクララ先生と博士の会話にジュール ヴェルヌが出てきます.そういえば,2作目でも洞窟に隠されているデロリアンを発見するシーンでジュール ヴェルヌの地底探検が引用されてますね.このジュールベルヌが活躍したのが1800年代の後半で,最初の作品の地底旅行は1864年に発表されています.わかりやすく言うなら,日本では坂本龍馬の時代だし,ヨーロッパならオペラ座の怪人の時代(1870年)ぐらいが当時を想像させてくれますね.


Mammoth Hot Springs



そして,イエローストーンが世界最初の国立公園になったのが,この時代の1872年のことです.当時の時代背景を考えるなら,よほど貴重な自然遺産があったからなのでしょう.ヴェルヌの小説は冒険科学小説(20世紀○年みたいな)ですが,地底探検はちょっと非科学的な印象です.まあ当時はこれぐらいの方が受けたのかも知れませんね.





そうそう,イエローストーンの黄色い岩は,硫黄を見ているのではなく酸化した鉄を見ているそうです.とくにYellowstone Fallの谷間は神秘的に美しく,黄色く輝いてますね.
ちなみにグランドキャニオンの底を流れているコロラド川はcolour redで,赤い川が由来です.



イエローストーンは噴火の跡地です.少なくとも大きな噴火が3回あって,もっとも最近の爆発は60万年前と比較的新しい時代です(地質学的には)..広大な土地とカルデラは当時の火山活動により形成され,その後に風雨により浸食されました.グランドキャニオンでは数億年前地層の話をしたことを考えますと,数十万年前なんてごく最近のできごとに思えますね.噴火は凄まじく大きなものであったようで,特に 約200万年前の最大の爆発は,ここ2500万年の間の地球の火山活動では3番目程度に巨大であったとされています.




さて,どれぐらいの噴火規模であったのでしょう.イエローストーンの噴火よりやや大きい規模で人類が地球上に現れてから最大とされるトバ火山の噴火では,その後に数年続く地球規模の冬と数百年に渡る冷害がもたらされたとされています.トバ火山は約7万年前にインドネシアにあるトバ湖(カルデラ湖)を形成した噴火で,比較的最近の学説では噴出された火山灰により空は覆い尽くされ,その後の数年にわたる寒冷化をもたらしたとされています.一説によれば地球規模の寒冷化はその後も千年におよんだために動植物の激減し,食糧難に陥った全人類の総人口は1000ー10000人レベルまで減少してしまったとされています.



これらの噴火がいかに大きく,気候に影響を与えたかが伺い知れますね.現在もイエローストーンの地下にはマグマが溜っていて,これが吹き出した時はさらに大きな噴火になるとも言われています.

ところで,現在の地球人口は約60億人ですが,ほんの数万年前は人間は皆親戚といえるぐらいに少なくなってしまったのには驚きですね.今のこんなにたくさんの人々の先祖が,絶滅危惧種であったたったの1000カップルほどの人類が生き残って広がったというのは神秘的ですらあります.




そういうと,ミトコンドリア イブ(Mitochondrial Eve)はもっと古い先祖ではないかという意見も出そうです.

大きく誤解(そう報道した雑誌もあったので)されていますが,遺伝子的なイブやアダムから全人類が増えて行ったというわけではありません.Mitochondrial Eveは人類共通のミトコンドリアDNAの大元だろうというだけで,それほど夢のある話ではありません.ミトコンドリアDNAは女系のみに伝わるので,女だけのルーツをたどって行った先に,たまたまいた女性ということになります.言い換えると,一人でも男が間に入って場合,例えばお父さんのお母さん(父方の祖母あるいは祖父でもいいが)は先祖ではないという前提で遺伝子学的に遡った話なのです.

同様に男性のみにあるY染色体を中心に遡って行くと,いわゆる一人のY-chromosomal Adamにたどり着つきます.もちろん,このアダムの周囲にいた人たちが先祖ではないということはなく,この時代のたくさんの他の人も,(女子あるいは男子だけの直系ではないだけで我々の先祖)にあたります.(この遺伝子的なイブとアダムには5万年以上もの時代差がありますが,同様にアフリカに住んでいたようで,人類のルーツはやはりアフリカとされています)




これらの先祖を辿る手法に,遺伝子解析が用いられています.遺伝子解析は人類学,医療,犯罪捜査等の様々な分野で利用されていますが,この手法はごく最近できたものです.過去に迷宮入りしたような事件でも,今になって犯罪者を特定できるようになったのは,この手法が急速に発達したからなのです.(昨日のテレビでやってたの♡)



さてさて,話は大きく逸脱してしまいましたが,イエローストーン国立公園は巨大な噴火の跡地ですので,様々な形の熱水の活動(Hydrothermal Features)が観察できます.

どんなものがあるのかというと,


Geysers (間欠泉)

 最も有名なのはOld Faithfulでしょう.律儀なじいさんといったところでしょうか? 比較的頻繁に規則正しい感覚で噴出するので観光客に人気です.時間を守る律儀なお年寄りといったイメージでしょうか? 近くのOlf Faithful Innは巨大ログハウスのホテルで一見の価値があります.



Hot Springs (温泉)

雨水や雪は3000mほど地下にしみ込んで,ここで高圧のもとに数百度に熱せられます.そこで二酸化珪素を溶かしながら上昇して,地表で沈殿させます.



広がった熱水に好熱菌が繁殖してさまざまな色を作り出しています.
湖面には青空と雲が映し出されてますね.


熱湯が川に流れ込んでいます.Firehole riverの名前,そのままですね.


Mudpots (泥の壷とでもいうのかな)

硫化水素が硫酸になり,周囲の岩をとかして細かい粒や粘土にかえます.その泥の池が沸騰して泡がぽこぽこした状態です.日本にもあるそうです.(かってにリンクしちゃいました.)

ここは正確にはMudpotsではないのですが...



Fumaroles  (噴気孔)

お湯が溢れ出してないので,噴気なのでしょう.



そして,Mammoth Hot Spring terracesです.

地底深くにしみ込んだ水は熱せられて超高熱となります.そこでマグマから吹き上がる高熱ガスの二酸化炭素がとけ込んで,高熱の酸性水となり,石灰岩(limestone)を溶かします.
地表に出て溶解力を失った温水は石灰を地表に沈殿させて,巨大なテラスを作り上げました.


まだ活動しているテラスもあります.



少しずつ周囲に石灰を沈着させながら広がって行きます.



温泉と細菌はにゃんとも神秘的な風景を作り出します.泉が涸れてしまうと,色も消えてしまうのは,鉱物ではなく細菌によって作り出された色彩だということを証明してくれてますね.



やーっと本題です.

前述のDNA解析をするには,微量に採取されたDNAを増やさなければなりません.そのためのコピーをたくさん作る方法を超簡単に説明しますと...

まず,標本を熱すると,ご存知の2本鎖DNAが分離して二つのヒモ状になります.これを冷ましながら,複製の材料(塩基)と複製酵素を加えると,それぞれのヒモが2本鎖になって倍になります.疑似細胞分裂みたいなものですね.この方法(polymerase chain reaction)を考え出したKary Mullisは後にノーベル化学賞を受賞しますが,当初は実用に問題がありました. 


DNA を一度や二度,2倍や4倍にしたところで意味はなく,必要な量を得るにはこれを数十回繰り返して増殖させる必要があります.その度に加熱するのですが,先ほどの複製酵素polymeraseは蛋白なので,加熱の度に変性して能力を失ってしまいます(卵が60度ぐらいで変性して固まってしまうアレです).ですので,加熱の度に新しい酵素を手で加えてあげなければならなかったのです.

もし仮に熱でも壊れない酵素(polymerase)があれば,複製の材料と耐熱の酵素を沢山混ぜておけば,熱して冷ますことを繰り返すだけで,どんどんDNA  の複製ができるではありませんか? まるでポケットの中のビスケットのように...(叩くと二つ)

ええ,もうお分かりのように,温泉にいる好熱菌が持っているpolymeraseなら熱に強そうじゃありませんか...

実はThermus aquaticusという好熱菌より取り出したDNA複製酵素(Taq DNA polymerase)が利用されるようになってから,PCR 法は実用的に広く使われるようになったのです.(Taq はThermus aquaticusの頭文字だそうです.)


微生物が作り出した不思議な光景


にゃーんと,そのThermus aquaticusが1969年に世界で初めて発見されたのがイエローストーン(Lower Geyser Basin)なのです.イエローストーンがなければ,DNA鑑定の技術も進んでいなかったかもしれませんね...イエローストーンがなければ,こんなに生物学や人類学が進んでなかったかもしれません.悪い奴も逃げていたかもしれません...


大まわり道をしましたが,温泉とPCR法,そして Yellowstone National Parkに興味をもっていただけましたでしょうか?


それでは知恵熱で湯あたりしそうなので,ばいばいきーーん.

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